産業医の選任義務の要点まとめ|法律や罰則から、選任方法・手順まで

従業員が常時50人以上の事業場では、産業医の選任が法律で義務づけられています。産業医を選任するためには、選任期限や届出方法のほかに、適切な産業医探しなど押さえておきたいポイントがあります。
本記事では、産業医を選任する基準や罰則、自社に適した選任手順、選任に際してよくある質問について解説していきます。
「本当に産業医の設置が必要なのか」「どのような産業医を選任したらいいのか迷っている」という担当者の方は、ぜひ参考にしてください。
※2025年2月時点での情報です。
目次


産業医の選任義務とは?
産業医とは、事業場で従業員が健康的で快適に働けるようサポートする医師のことです。従業員との面談や職場巡視を通じて、専門的な立場から健康管理や職場環境の改善をアドバイスします。
産業医の選任は、法律により企業義務となっています。すべての事業場で産業医が必須というわけではありませんが、法律で定められた条件を満たす場合には産業医を選任する義務が生じます。まずは選任義務が発生する条件を確認していきましょう。
50人以上の従業員で、産業医の選任義務が生じる
産業医の選任義務が生じるケースとは、事業場に従業員数が常時50人以上いるときです。この「50人」の中には、正社員だけでなく、パートやアルバイト、派遣社員なども含まれます。
つまり、非正規雇用を含む従業員が常時50人以上いる事業場の場合、産業医を選任する義務が生じるということです。産業医の選任人数は、事業場の規模によって以下のように定められています。
事業場の従業員数 | 産業医の選任義務 |
1人~49人 | 必要なし |
50~999人 | 1名以上(嘱託産業医でも可) |
1,000人~3,000人 | 1名以上(専属産業医の選任。嘱託産業医は不可) |
3,001人~ | 2名以上(専属産業医の選任。嘱託産業医は不可) |
500人~(注) | 1名以上(専属産業医の選任。嘱託産業医は不可) |
労働安全衛生規則第において、500人以上の事業場で、多量の高熱物体を扱うなどの特殊有害業務がある場合は、専属産業医の選任が義務付けられます。
また、事業場の定義には注意が必要です。同じ企業でも、営業所の事業形態や住所が違うと、別の事業場として考えられています。そのため、一例として全従業員数100名で、A事業場で50名、B事業場で50名の従業員が常時在籍しているような場合は、どちらも産業医を1名ずつ選任する義務が生じてきます。
ただし近接した小規模の営業所であれば、同じ事業所としてみなされることもあります。
もし自社の事業場が「産業医の選任基準を満たしているかどうか」の判断が難しい場合は、所轄の労働基準監督署に相談して、産業医の設置義務があるか確認するとよいでしょう。
従業員50人未満でも産業医の選任は推奨
いままで話したように50人未満の事業場であれば、法律上、産業医の選任義務はありません。しかし、企業には従業員の安全配慮義務があり、従業員の心身の不調や労働環境の悪化は労災リスクを高める要因となります。
従業員の健康管理や職場の安全対策となる産業医のアドバイスは、業務効率を向上させる要因となりえます。
企業の規模にかかわらず、従業員が健康で快適な職場を維持するためには産業医の活用が望まれます。
産業医の選任を定めた法律とは
産業医の選任に関する法律は、次の2つです。
「労働安全衛生法 第13条」によると、「事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項を行わせなければならない」とあります。
また、「労働安全衛生法施行令 第5条」では「産業医の選任義務が生じるのは常時50人以上の労働者を使用する事業場」としています。
産業医の選任を怠った場合、法律違反となり罰則が科せられます。
産業医の選任義務を怠った場合の罰則
産業医の選任義務に違反した場合の罰則ですが「労働安全衛生法 第120条」に基づき、50万円以下の罰金が科せられます。
とくに見落としやすいのが、アルバイトやパートの比率が高い事業場や、従業員の入れ替わりが激しい事業場です。
上記の場合、従業員数が50人以上になっていることに気づかず、結果として罰則を受けることになります。また、産業医の選任届を提出するのが遅れた場合も罰則の対象となるので注意が必要です。
産業医の選任義務を確実に履行することは、法令遵守の面から重要です。従業員数が50人以上になる以前から産業医の選任義務が生じることを予測して、具体的な行動をおこしておくことで、罰則を回避できます。
従業員の管理体制を整え、常に法令に沿った適切な対応を行うことが求められます。
産業医の選任届の提出期限は14日以内
産業医の選任届は、産業医の選任義務が発生してから14日以内に、労働基準監督署へ提出する必要があります(労働安全衛生規則 第13条1項)。
14日間という期間は短く、自社に合った産業医を選ぶ時間は非常に限られています。従業員が50人を超えてから焦って産業医を選任しようとしても、自社に合った人材を獲得できない可能性が高いので、50人未満の事業場であっても早めに準備をしておくことが大切です。
適切な産業医の選任方法とは

産業医は医師免許をもっていて、さらに次の要件を備えた者から選任する必要があります。
- 厚生労働大臣の指定する団体(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者
- 産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
- 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者
- 大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者
- 前各号に掲げる者のほか、厚生労働大臣が定める者
引用:厚生労働省「産業医について」
産業医を選ぶ際、「産業医なら誰でもいい」というわけではありません。企業によって健康リスクや必要な対策が異なるため、適切な産業医を選任するには企業の特性に合った専門知識を有する人材を選ぶことが大切です。
専門知識のある人材とは、たとえば製造業の工場で機械操作や化学物質による健康リスクが高い場合であれば、工場での危険リスク分野に精通している産業医を選ぶといった具合です。
ほかにも、ストレスチェックでうつ病のリスクが高いことが分かっていたり、長時間のデスクワークで有症状者が多かったりと問題視されている現状がある場合には、精神面での健康問題に対応し改善することができた経験のある産業医が良いでしょう。
産業医を選任する際は、法定要件を満たすだけでなく、自社の業種や事業内容、従業員が抱えやすい職業疾患に精通し、産業医としての経験と専門知識をもつ人材を慎重に選ぶことが大切です。
自社に適した産業医の選任に必要な手順
産業医の選任は、自社のニーズに合った適切な人材を見つけることから始まります。産業医の選任に必要な具体的手順は次のとおりです。
- 自社の健康課題を把握する
- 産業医を紹介してもらう
- 産業医に依頼したい業務内容を確認する
- 産業医と契約書を締結する
- 14日以内に労働基準監督署に届ける
それぞれのプロセスとポイントについて解説していきます。
手順1. 自社の健康課題を把握する
自社の健康課題を把握することは、適切な産業医を選任するための最初の重要な手順になります。自社特有の健康課題に対応できる産業医を選べば、自社にとって効果的な健康管理が可能です。
まずは自社の従業員がどのような職業病や健康リスクに直面しているかを把握することが、企業全体の健康対策の基盤となります。
健康課題を把握するためには、過去の健康診断結果・労災記録・従業員の声・ストレスチェック結果・作業環境測定等のデータなども活用できます。
これにより、製造業では化学物質や騒音、機械による健康リスクが高いことが分かり、オフィスワーク中心の企業では長時間労働やメンタルヘルスの問題が明らかになる場合があります。
自社の健康課題を具体的に知っておくことで、その課題に対応できる専門知識をもった産業医の選任がスムーズに進みます。適切な産業医を選ぶためには、まず従業員の健康状態や職場のリスクを詳細に洗い出し、自社のニーズを明確にすることが大切です。
手順2. 産業医を紹介してもらう
自社の健康課題を洗い出した後は、以下の方法で産業医を紹介してもらうことが可能です。
- 近隣の医師会からの紹介
- 近隣の医療機関へ相談
- 健診依頼をしている健診機関へ相談
- 産業医紹介会社に依頼
- 同業他社が依頼している産業医を紹介してもらう
上記のように産業医の紹介には、さまざまな方法があります。
まず近隣の医師会や医療機関からの紹介であれば、職場周辺の医師のことが多いため従業員の相談がしやすいというメリットがあります。
しかしこの場合、医師との直接契約になるため、自社に沿った細かい業務内容や契約条件、報酬については自分たちで取り決め、契約書の手続きも自社で行う手間や複雑な書類作成といった業務が生じます。
また、面談の必要な従業員が多い場合、産業医の勤務時間は自然と長くなっていきます。医療機関が繁忙期の際は、産業医が対応可能な時間が限られ、健康管理活動が滞る可能性もあるでしょう。
初めて産業医を選任する企業にとって、これらの手続きや課題解決は大きな負担がかかることが少なくありません。そのため、産業医紹介サービスの利用もひとつの選択肢として考えられます。
産業医を紹介してもらう方法を選ぶ際は、自社のニーズに合わせて最適な方法を検討することが大切です。医師会や医療機関からの紹介、産業医紹介サービスなど、それぞれの特性を踏まえた上で判断していくとよいでしょう。
このように適切な方法を選択することで、円滑な産業医の選任につながっていきます。
手順3. 産業医に依頼したい業務内容を確認する
産業医に依頼したい業務内容を確認することは、適切な健康管理体制を構築するために欠かせません。産業医の職務は法律で定められており、自社が依頼したい業務内容を明確にすることで、適切な業務を確実に実施できる産業医を選びやすくなります。
産業医の主な職務は月1回の作業場等を巡視する以外にも、以下の項目があります。
法律での内容 | 具体例 |
健康診断の実施及び結果に基づく健康保持措置 | 定期的な健康診断やその結果を基にした健康管理 |
面接指導及びその結果に基づく健康保持措置 | 長時間労働者やメンタルヘルスに問題を抱える従業員に対する面接とフォローアップ |
心理的負担の検査及び面接指導 | ストレスチェックやその結果に基づく対応策の実施 |
職場環境の維持管理 | 職場の衛生管理や環境改善 |
作業の管理 | 労働条件や作業内容の改善に関する指導 |
健康教育や相談 | 健康増進のための教育プログラムや相談会の開催 |
衛生教育 | 衛生管理に関する教育 |
健康障害の原因調査及び再発防止措置 | 健康障害の原因究明と対策の実施 |
依頼したい業務内容が具体的にわかっていれば、産業医が対応可能な範囲と専門性を確認でき、自社に最適な産業医を選ぶことができます。
このように、産業医に依頼したい業務内容を具体的に明確にすることで、適切な産業医を選ぶための判断基準が得られ、効果的な健康管理の実現につながっていきます。
手順4. 産業医と契約書を締結する
産業医と締結する契約書には、業務内容・報酬・勤務時間・守秘義務などの条件を明確に記載しましょう。
両者の権利と義務を明確にしておけば、後々のトラブルを防ぎ、円滑な協力関係を築くことができます。契約内容を慎重に検討し、必要に応じて法律の専門家にも相談しながら、双方が納得できる内容で契約を結ぶことが大切です。
具体的な契約書の内容についてはこちらを参考にしてください。
参考文献:日本医師会認定産業医制度 産業医契約書の手引き 日本医師会
手順5. 14日以内に労働基準監督署に届ける
企業は、産業医を選任し、事業場の従業員が50人になった日から14日以内に労働基準監督署に届けましょう。その際には、以下の書類が必要です。
- 産業医選任報告書
- 医師免許の写し
- 産業医資格を証する書面
これまでは、これらの書類を紙媒体で提出することが一般的でしたが、2025年1月1日から、産業医選任報告書を含む一部の労働安全衛生関係の手続きが電子申請の義務化対象となりました。
企業は、政府の電子申請システム「e-Gov電子申請」を通じて、オンラインで届け出を行う必要があります。電子申請の詳細や手続き方法については、厚生労働省の公式サイトを確認してください。
産業医の義務に関するよくある質問

以下では、産業医の義務に関するよくある質問をいくつか取り上げて解説します。
従業員が産業医面談を受けるのは義務なのか
企業における産業医面談の実施は、労働安全衛生法に基づく義務の一環として重要な役割を果たします。従業員に対して産業医面談を義務付ける法律上の規定はありませんが、企業には労働者の健康管理を適切に行う責務があり、状況に応じて面談を実施する必要があります。
特に、長時間労働やメンタルヘルス不調の兆候がある場合は、従業員の健康を守るために産業医面談を受けるよう促すことが求められます。月80時間以上の時間外労働が発生するなど、規定を超える時間外・休日労働があった場合、企業は従業員に面談を促し、申し出があれば実施する義務があります。
また、それ以外のケースでも、産業医が必要と判断した場合には、企業として従業員に面談を受けるよう指示することが適切です。企業は、産業医と連携しながら従業員の健康管理を徹底し、職場環境の改善に努めることが重要となります。
産業医は何人設置する義務があるか
産業医の設置において義務づけられている人数は、事業所の規模によって異なります。基本として、従業員が50人以上の事業所では、産業医を1人以上設置することが法律で義務づけられています。
より多くの従業員がいる大規模な事業所では、必要に応じて複数の産業医を配置することが求められる場合もあります。
まとめ:企業の義務として産業医の選任を適切に進めよう
企業は法律に基づいて、産業医の選任を適切に進める義務があります。
産業医の選任期限や罰則、産業医の見つけ方や適切な人材の確保など、押さえておくべきポイントは多岐にわたります。自社のニーズに合った産業医を選任するためには、適切な方法を理解し、確実に対応することが重要です。
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