はたらく、の今と未来を見る。さんぎょうい株式会社

第2回: 糖尿病の基礎知識 


産業保健スタッフが理解しておくべき糖尿病の基礎知識

目次

  1. 産業保健スタッフが理解しておくべき糖尿病の基礎知識
  2. 糖尿病の成因と管理について 
  3. 産業保健スタッフの役割
  4. まとめ

1.産業保健スタッフが理解しておくべき糖尿病の基礎知識 

1-1 糖尿病とは

糖尿病は、膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンの作用が不足することにより、血糖値が慢性的に高くなる代謝疾患です。インスリンは、血液中のブドウ糖を肝臓や筋肉にグリコーゲンとして貯蔵する働きを持ち、さらに脂肪やタンパク質の合成にも関与しています。そのため、インスリンの作用が不十分になると、余ったブドウ糖が血液中に蓄積し、高血糖状態を引き起こします。 

1-2 糖尿病の種類と特徴

 1-2-1 分類 

糖尿病は1型、2型、その他の特定の機序、疾病によるもの、妊娠糖尿病に分類されます。1型糖尿病は自己免疫反応によって膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンの分泌がほぼ完全に失われるため、インスリン注射が必須です。2型糖尿病は、インスリンの分泌が分泌不全とインスリン抵抗性により発症し、食事や運動療法が基本となりますが、場合によっては内服薬やインスリンが必要です。その他にも、慢性膵炎や肝硬変、ステロイド使用、免疫チェックポイント阻害薬などが糖尿病を引き起こすことがあります。 

2型糖尿病の自然史においては、発症時点でインスリン分泌量が既に50%まで低下していることが多く、時間の経過とともにさらに減少していきます。最終的には、1型糖尿病と同様に強化インスリン療法が必要となるケースも少なくありません。 

1-2-2 インスリン 

1-2-2-1 インスリンの役割と不足による影響 

 インスリンが不足すると、肝臓や筋肉にグルコースが取り込まれず、血糖値が上昇します。血糖値が160-180 mg/dLを超えると尿糖が増加し、浸透圧利尿によって脱水が生じ、喉の渇き、多飲、多尿、体重減少などの症状が現れます。これが悪化すると、糖尿病ケトアシドーシスや高浸透圧昏睡といった重篤な状態になることがあります。 

1-2-2-2 インスリン分泌と治療 

 1型糖尿病ではインスリン注射が不可欠ですが、2型糖尿病では食後の高血糖を抑制するためにGLP-1受容体作動薬などが用いられることがあります。これにより、食後の血糖値の急上昇を防ぎ、食欲を抑制する効果も期待できます。 GLP-1受容体作動薬は多面的生理作用を有するインクレチン製剤として用いられます。また、インスリン療法は一般にペン型インスリンを用いて行われ、職場の理解と支援が治療継続において重要です。 

1-3 血糖コントロールとHbA1c 

 糖尿病の管理において、HbA1cは過去数ヶ月間の平均血糖値を示す重要な指標です。糖尿病学会のKumamoto宣言にて7%以下のコントロールが合併症予防に推奨されていますが、個々の患者の状態に応じて目標値は変わることがあります。HbA1cは過去1,2か月間の平均血糖値を示す一方で、仕事中の急激な血糖変動や低血糖エピソードは反映しません。このため、危険作業を行う場合には、詳細な血糖値のモニタリングが必要です。 

産業医や産業保健師は、糖尿病患者が安全かつ効果的に職務を遂行できるよう、これらの知識を活用して適切な支援を提供することが求められます。 

1-4 内服薬の種類と注意点 

糖尿病の治療には、インスリン分泌を促進する薬、インスリン抵抗性を改善する薬、糖の吸収や排泄を調節する薬などがあります。特に、感染症などシックデイの際には一部の薬(例えばSGLT2阻害薬、メトホルミン、SU薬)を中止する必要があるため、産業保健スタッフはこれらの薬に関する知識を持っていることが重要です。 

1-5  インスリン治療の課題 

仕事をしながらのインスリン治療は、いくつかの課題が伴います。例えば、インスリンによる体重増加、低血糖のリスク、治療の複雑さ、血糖値の変動などが挙げられます。これらを適切に管理するためには、職場でのサポートが不可欠です。勤務中に安定した血糖管理を行うためには、職場環境の調整や同僚の理解を得ることが求められます。 

糖尿病の管理は複雑であり、産業保健スタッフが適切な知識を持ち、患者が安全かつ効果的に職務を遂行できるようサポートすることが重要です。 

2.糖尿病の成因と管理について 

糖尿病の成因と管理について

2-1合併症とそのリスク 

糖尿病は進行性の膵臓の変性疾患であり、長期的には様々な合併症を引き起こすリスクがあります。これらの合併症は患者の生活の質を大きく損なう可能性があるため、早期の予防と継続的な管理が非常に重要です。 

(1) 長期的な健康への影響 

糖尿病は、持続的な高血糖状態が身体のさまざまな部分に影響を及ぼします。具体的には、全身の血管障害により、網膜、神経、腎臓、心臓、脳などが主な影響を受ける部位です。高血糖は血管を傷つけ、動脈硬化が進行することで脳、心臓血管疾患のリスクを高めます。また、慢性的な高血糖は腎臓に負担をかけ、糖尿病腎症を引き起こすことがあります。これが進行すると腎不全に至り、透析が必要になることもあります。 

さらに、糖尿病による神経障害は、痛みやしびれ、感覚の低下を引き起こし、特に足のケアが困難になることがあります。その結果、足の潰瘍や壊疽(えそ)を伴うことがあり、重症化すれば切断が必要になる場合もあります。また、糖尿病網膜症は視力低下や失明の原因となり得ます。これらの合併症は長期間にわたり患者の健康を蝕むため、早期発見と継続的な管理が何よりも重要です。 

(2) 代表的な合併症とその予防法 

糖尿病の代表的な合併症には、以下のようなものがあります。 

1. 糖尿病網膜症: 高血糖が原因で網膜の血管が損傷し、視力低下や失明を引き起こす可能性があります。高度に進行すると黄斑症、硝子体出血、網膜剥離、血管新生緑内障により視力障碍、失明に陥ります。特に危険を伴う職場での作業管理に強く関わります。予防には、定期的な眼科検査と血糖値の厳密なコントロールが重要です。そのため職場は眼科医と連携をとり、定期通院時間の確保が必要です。 

2. 糖尿病腎症: 糖尿病による腎臓の機能低下を防ぐためには肥満是正、禁煙、減塩、厳格な血圧管理、脂質管理が重要です。 SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、ACE阻害薬やARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)といった薬剤の使用が腎保護に役立ちます。末期腎不全、心血管疾患のハイリスクとなります。そのため職場は腎臓内科と連携をとり定期通院時間の確保が必要です。 

3. 糖尿病神経障害: 手足の感覚が鈍くなったり、痛みを感じたりすることがあります。末梢神経障害のため無自覚であることが多く、予防には血糖値の管理に加えて、足の定期的なチェックと適切なフットケアが推奨されます。糖尿病による自律神経障害は症状が顕在化しにくく、危険を伴う職場での作業管理に強く関わります。無自覚性低血糖、起立性眩暈(めまい)、起立性低血圧、無痛性心筋梗塞、重症不整脈、膀胱機能低下による尿路感染症、消化管運動機能低下など普段の健康教育が必要です。 

4. 脳、心血管疾患: 糖尿病患者の急性心筋梗塞は、はっきりした症状がないことが多く(無痛性、非典型的)、発症前に冠動脈の多枝病変を有するなど、心不全や不整脈を起こしやすいです。特に中高年の糖尿患者は心筋梗塞が直接に死因となることが多く、働き盛りの優秀な人材を失い企業の損失にもなります。職場での過重労働、繰り返す出張、海外勤務、A型行動では注意が必要です。過重労働面談、メンタルヘルスなどのストレス対策や、職場の働き方対策が重要で、コレステロールや血圧管理、禁煙、肥満の是正、減塩など生活習慣の改善で予防し、最近は SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬などエビデンスのある適切な薬物療法が治療に有効です。 

5. 足病変、皮膚病変: 重症の足病変(潰瘍・壊疽)の発症には、末梢神経障害、末梢動脈疾患(PAD)、循環障害、感染症、外傷が複雑に関与しております。職場での外傷・打撲が悪化誘因となることが多く、作業環境管理が重要です。足の潰瘍や感染症を予防するために、毎日の足のチェックと適切な靴の選択が必要です。皮膚の健康を維持するためには保湿も重要です。 

これらの合併症を予防するためには、日常生活での血糖値管理、定期的な検査、健康的な食生活、運動習慣の維持が不可欠です。また、産業保健スタッフは、従業員の作業管理、作業環境管理、健康管理に積極的に関与し、定期的な健康診断や医療機関との連携を通じて早期発見を目指すことが求められます。職場での健康教育や生活習慣の改善を支援することで、糖尿病の進行を防ぎ、合併症のリスクを低減することが可能となります。 

3.糖尿病に罹患している社員の健康管理のポイント 

糖尿病患者が職場で直面するリスクは多岐にわたりますが、特に注意すべき職場環境要因には、高温多湿な作業環境、長時間労働、夜勤、ストレス、そして不規則な勤務シフトがあります。  

3-1 高温多湿な環境 

高温多湿な環境は、体温調節機能が低下しやすい糖尿病患者にとって特に危険です。糖尿病患者は一般的に脱水症状を起こしやすく、熱中症のリスクが高まります。このため、高温環境での作業を行う場合は、事前に体調管理を徹底し、十分な水分補給を行うことが重要です。また、塩分補給も適宜行い、ペースを守って無理のない範囲で作業を進めることが求められます。 

3-2 長時間労働や夜勤 

長時間労働や夜勤は、血糖値管理に影響を及ぼす可能性があります。特に夜勤は、体内のホルモンバランスを乱し、血糖値の不安定になる原因となります。夜勤を含む不規則なシフト勤務がある場合には、食事やインスリンのタイミングを調整する必要があり、主治医や産業医と連携して適切なスケジュールを組むことが大切です。 

3-3.ストレス 

ストレスもまた、血糖値に影響を与える重大な要因です。職場でのストレスが高いと、アドレナリンなどのストレスホルモンが分泌され、血糖値が上昇することがあります。これを防ぐためには、リラクゼーション方法の導入や、職場の人間関係の改善、適切な休憩の確保が必要です。 

3-4 低血糖 

糖尿病患者は、無自覚性の低血糖にも注意を払う必要があります。特にインスリン治療を受けている患者は低血糖のリスクが高く、作業中に突然の意識障害を引き起こす可能性があります。また、運転事故にもつながり注意が必要です。これを防ぐためには、血糖測定を定期的に行い、低血糖症状が現れた際の迅速な対応策を職場全体で共有することが重要です。 

3-5 職場での正しい情報の伝達 

糖尿病患者にとって、職場での正しい情報の伝達は非常に重要です。糖尿病であることを職場に報告する義務はありませんが、通院のための休暇や体調不良時の理解を得るためには、信頼できる同僚や上司に一定の情報を伝えることが有益です。このため、普段からの衛生教育も有効です。職場でのリスク管理を徹底することが、糖尿病患者が健康的に働き続けるためだけではなく、企業の利益を守るための鍵となります。 

4. まとめ 

以上のように、糖尿病患者が職場で直面するリスクは多岐にわたりますが、適切な環境調整や情報共有、医療関係者との連携を通じて、リスクを最小限に抑えることができます。産業医や産業保健師は、糖尿病患者が安心して働ける職場環境を整えるために(治療と仕事の両立支援)積極的にサポートすることが求められます。 

(文・監修/藤原 豊)
内科医師/産業医/労働衛生コンサルタント
北海道の拠点病院で糖尿病指導医として勤務。
日々の診療から予防医療の重要さを感じ、産業医も開始。産業医、地方労災医員の活動から診察室と職場をつなぐことの重要性を感じ、これまでの知見をまとめ情報発信を行う。
(執筆/大内 麻友美)
さんぎょうい株式会社/ソリューション事業部 (看護師/保健師・キャリアコンサルタント・第一種衛生管理者・産業カウンセラー他)
看護師の後、働く人の健康管理に携わるため保健師として産業保健業務に従事する。
現職では、さまざまな規模の企業に対して、個別支援を中心としたかかわりから、広く集団に向けて健康情報の発信や、喫煙対策プログラム構築、保健師の導入支援など産業保健サービスに携わる。
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