ストレスチェックで企業の職場改善を目指す:実践ステップと成功事例

2015年から義務化されたストレスチェック制度ですが、多くの人事労務担当者がまだ不明点を抱えています。せっかくストレスチェックを実施するのであれば、単なる法令遵守だけでなく、企業の成長や生産性向上、リスク管理、人材育成に結びつけたいと考える方も多いのではないでしょうか。
本記事では、ストレスチェック制度の全体像を整理し、企業の健康経営を目指すための活用方法を解説します。他社の成功事例を参考にするだけでなく、より良い実施を目指して一緒に取り組んでくれる産業医を選任することがポイントです。ストレスチェックを起点に、従業員の健康と企業全体の生産性向上を両立させるヒントをお届けします。
目次
- 企業におけるストレスチェック制度の概要
- 企業のストレスチェックで対象となる従業員の範囲
- 企業がストレスチェックを実施すべき適切な回数と時期
- 企業向けストレスチェック実施の流れ【5つのステップ】
- 企業におけるストレスチェック活用の成功事例
- 企業のストレスチェックを円滑化させる3つのアクション
- 企業はストレスチェックを実施して健康経営を目指そう


1.企業におけるストレスチェック制度の概要

ストレスチェックの実施は、2015年の労働安全衛生法改正により、従業員のメンタルヘルス対策として義務化されました。この制度は、従業員のストレス状態を定期的に測定し、その結果を基に適切な対応を行うことで、メンタルヘルスに影響を与えうる職場環境の改善を目的としています。
一方で、ストレスチェック制度の概要がつかめない、適切な実施タイミングがわからないといった悩みを抱える企業も少なくありません。
本項では、人事労務担当者が押さえておくべきストレスチェック制度の概要や、対象となる従業員の範囲、実施時期についてわかりやすく解説します。
ストレスチェック制度が義務化された背景
ストレスチェック制度は、従業員50人以上の事業場に実施が義務付けられている制度です。従業員50人未満の事業場については努力義務とされていますが、積極的な実施が推奨されています。この制度の目的は、従業員のストレス状況を把握し、職場環境を改善することにあります。
労働安全衛生法の改正により、メンタルヘルス対策の一環として導入されたこの制度では、全従業員を対象に年1回のストレスチェックを実施することが求められるようになりました。その結果をもとに必要な面接指導を実施し、職場環境の改善に取り組むことが期待されています。
ストレスチェックの実施者は、医師、保健師、公認心理師などの資格を持つ専門家です。結果は直接従業員本人に通知され、企業には集団分析結果のみが提供されます。また、高ストレスと判定された従業員には、産業医が個別フォローを行い、離職率の低下や生産性向上が期待されています。
ストレスチェック制度は義務化あるいは努力義務化されていますが、単なる法令遵守にとどまらず、職場環境の改善や従業員の定着率向上に役立つ重要なツールといえるでしょう。
2.企業のストレスチェックで対象となる従業員の範囲

企業における従業員には、以下のようにさまざまな雇用形態があるため、ストレスチェックの対象者を明確にするのは難しい場合があります。
働き方(雇用契約の形態) | ・短期間・短時間従業員 ・パートタイマーやアルバイト ・派遣社員 |
勤労の状況 | ・入社して間もない従業員 ・在籍出向従業員 ・海外出張者 ・精神疾患で通院中の従業員 ・退職予定の従業員 |
役職・その他 | ・外国人従業員 ・取締役などの役員 |
それぞれについて解説していきます。


短期間・短時間従業員
契約期間が1年未満の従業員や、所定労働時間が通常の従業員の4分の3未満の短時間従業員は、ストレスチェックの義務対象外となります。このような従業員は、職場との関わりが短期間に限られることが考慮されているためです。
パートタイマーやアルバイト
契約期間が1年以上、またはそれが見込まれる場合で、週の所定労働時間が通常従業員の4分の3以上に該当するパートタイマーやアルバイトは、ストレスチェック対象となります。
また、所定労働時間が4分の3未満でも、従業員の1週間の所定労働時間の2分の1以上働いている場合は、対象者に含めることが推奨されています。
これは、職場全体のストレス状況を把握し、メンタルヘルスケアを強化するためです。
派遣社員
派遣社員も、契約期間が1年以上かつ週の所定労働時間が4分の3以上であれば対象になります。この場合、派遣元の企業がストレスチェックを実施する義務を負います(派遣元企業に正規社員と派遣社員の合計人数が50人以上の場合)。
また、職場環境の改善については、派遣社員が働く職場を管理する派遣先企業が主体的に取り組むことが重要です。派遣先企業は、派遣社員も含めた一定規模の集団ごとにストレスチェック結果を集計・分析し、その結果に基づく職場環境の改善を行うことが求められます。
入社して間もない従業員
入社直後の従業員は、契約期間や労働時間の要件によって対象となるかが異なります。特に入社間もない時期は、環境の変化や人間関係の構築でストレスを感じやすい傾向があります。
そのため、他の従業員と同日程で実施する必要はなく、適切なタイミングで行うことが推奨されています。できれば入社1年以内に実施するのが望ましいとされており、時期については産業医や人事部と相談して決定するとよいでしょう。
在籍出向従業員
在籍出向従業員については、出向元と出向先のいずれでストレスチェックを実施するかを労働状況に応じて調整する必要があります。どちらが実施するかについては、双方で合意の上で判断します。
海外出張者
日本法人から海外に出向している場合は、ストレスチェックの対象となります。一方で、現地法人に直接雇用されている場合は日本の法律が適用されないため、対象外となります。
精神疾患で通院中の従業員
うつ病などの精神疾患で通院している従業員もストレスチェックの対象者に含まれます。このストレスチェックにより、精神的負担の程度を把握し、症状悪化の予防につなげることができます。
ただし、ストレスチェックは従業員に受検を強制できないため、本人の意思を尊重する必要があります。
退職予定の従業員
退職予定であっても、ストレスチェックの実施時に在籍している場合は対象となります。
外国人従業員
在留資格に関わらず、従業員としての要件を満たしている場合、外国人従業員も対象となります。
取締役などの役員
取締役や役員は従業員や労働者ではなく、「使用人」に該当するためストレスチェックの対象外です。しかし、役員にもストレスチェックを実施することで、企業全体のストレス状況を包括的に把握できます。実施義務はありませんが、健康経営の一環として役員もチェックを受けることが望まれます。
なお、ストレスチェックの報告書を労働基準監督署に届ける際には、役員を「在籍労働者数」や「検査を受けた労働者数」に含めないよう注意が必要です。
3.企業がストレスチェックを実施すべき適切な回数と時期
ストレスチェックの実施回数については、法令上では最低年1回と定められています。しかし、より効果的な運用のためには、年2回以上の実施や業務の繁閑期を考慮した時期の設定が推奨されます。
年1回の実施では、従業員のストレス状況の変化を十分に把握するのが難しいためです。 実施時期に関しては、各企業の業務の繁忙期や従業員のメンタルヘルス状況を踏まえ、適切なタイミングを見極めることが大切です。たとえば、「閑散期と繁忙期」や「組織変更前と後」など、ストレスの低い時期と高まりやすい時期に実施すると、より現実的なストレス状況が把握できます。
具体的な実施例として、6月と12月の年2回ストレスチェックを実施する企業があります。6月は新入社員の適応状況を確認するため、12月は年度末の業務負担を評価するためといった理由です。他にも小売業であれば、年末商戦後の1月と夏季セール後の8月に実施することで、繁忙期がどのようにストレスに影響しているのかを評価する方法もあります。
ストレスチェックは、年1回の実施が義務化されていますが、企業の状況や従業員の負担、人事異動などに合わせて柔軟に時期や回数を調整することが望ましいです。これにより、従業員のストレス状況を正確に把握し、フォローアップや職場環境改善の効果を高めることが期待できます。
4.企業向けストレスチェック実施の流れ【5つのステップ】

ストレスチェック制度を効果的に運用するためには、企業側が制度の流れを正確に理解し、各段階で適切な対応をとることが重要です。
厚生労働省の「ストレスチェック制度の実施手順」の図を参考に、次に企業側におけるストレスチェック実施を5つのステップにまとめました。
- ステップ1:実施前の準備
- ステップ2:実施と結果通知
- ステップ3:分析・評価段階
- ステップ4:高ストレス者への対応
- ステップ5:実施後の評価と次年度への準備
以下に、具体的な流れを解説していきます。
【ステップ1】実施前の準備
ストレスチェックを円滑に実施するには、事前の準備が大切です。まずは、実施体制の整備、実施方法の検討、従業員への周知を行いましょう。
結果は直接従業員に通知され、企業側は個人の結果を閲覧できないことを、あらかじめ従業員に伝えておく必要があります。
事前準備は、スムーズな実施と従業員の協力を得るために不可欠です。従業員の守秘義務を徹底し、プライバシー保護に細心の注意を払います。
準備の一例として、産業医を実施者とし、人事労務部員を実施事務従事者に指名する方法があります。オンラインでのストレスチェックを選択し、2か月前から社内メールや掲示板でストレスチェックの目的や意義、プライバシー保護について周知するとよいでしょう。
ストレスチェックの効果を最大化するには、従業員が安心して受検できる環境整備とサポート体制の構築が欠かせません。従業員の理解と協力を得て、スムーズなスタートを切りましょう。
【ステップ2】実施と結果通知
計画に基づき、対象となる従業員にストレスチェックを実施します。結果は直接従業員に通知され、企業側は個人の結果を知ることはできません。
ストレスチェックは、精神科通院中など特別な事情がある場合を除き、原則として全従業員に受検してもらうことが求められます。受検率を高めるために、未受検者には期間内に2回程度の受検勧奨メールを送付し、受検を促すことが一般的です。
受検率が低い場合は、ストレスチェックサポート窓口を設置し、従業員からの質問やシステムトラブルに対応する体制を整えることが有効です。また、実施期間を2~4週間程度設けることで、多忙な従業員も受検しやすくなります。
企業には「集団ごとの分析結果」のみが提供されます。この結果を基に、職場環境改善計画を立案します。
【ステップ3】分析・評価段階
ストレスチェックの結果を分析し、評価を行います。適切な分析により、従業員のメンタルヘルス状況や職場の課題を把握し、改善策を検討するための貴重な情報を得ることができます。
具体的には、ストレスチェックの結果を部門、拠点、職種、役職ごとに集計します。 特にストレスが高いと判定されたグループに対しては、勤務時間の見直しや業務の再配分など、重点的なフォローアップを実施します。
結果の分析を通じて、特定の業務やプロジェクトがストレス要因となっていることを把握し、職場環境の改善や従業員のフォローアップにつなげることができます。
改善計画は、産業医や衛生委員会の意見を参考にし、PDCAサイクルで継続的に取り組んでいきます。
【ステップ4】高ストレス者への対応
高ストレス者には、医師による面接指導を案内します。 面接指導は従業員の申し出により実施されます。
早期に個別対応することで、メンタルヘルス不調を防ぎます。ただし、面接指導の申し出は従業員の自由意思に基づいており、強制されるものではありません。医師の指導により、必要に応じて一時的な配置転換や業務軽減措置などを講じることができます。
フォローアップの結果を定期的に見直し、継続的にサポートすることで、メンタルヘルス不調を未然に防ぎ、従業員が働きやすい職場環境の調整につながります。
【ステップ5】実施後の評価と次年度への準備
実施結果と改善効果を評価し、次年度の実施計画に反映させます。50人以上の事業場は、労働基準監督署への報告を忘れずに行いましょう。
単に実施して評価するだけでなく、次年度の実施計画に反映させるのは、効果的なPDCAサイクルを回すためです。報告書には、在籍労働者数・受検者数・高ストレス者数・面接指導実施人数などを記載します。個人が特定される情報は含めないことが原則です。
実施の流れを適切に進めることで、ストレスチェックは法令遵守の手段から、従業員のウェルビーイングと企業の成長を同時に実現する戦略的ツールへと進化します。
5.企業におけるストレスチェック活用の成功事例

ストレスチェックを経営戦略の一環として活用する企業が増えています。以下に、ストレスチェックを活用し、従業員のメンタルヘルス改善と企業業績向上を実現した2社の事例を紹介します。
事例1:SMBC日興証券株式会社の残業削減と売上増加
SMBC日興証券は、2007年から全社員にストレス診断を実施しており、ストレスチェック制度の法制化後もスムーズに対応できました。同社の取り組みの特徴は次の3点です。
①若手社員への手厚いサポート
若手社員が多く、管理職の負荷が高い傾向にある同社では、管理職以外の相談窓口を設けています。人事部スタッフの中から「ヘルスケアサポーター」を任命し、新入社員研修や若手社員の研修で講師を務めます。これにより、若手社員は身近な相談相手を見つけやすくなりました。
②高ストレス者への配慮
ストレスチェックで高ストレスと判定された社員には、外部EAP(従業員支援プログラム)や産業医面談を提案します。面談希望者には、管理職に報告せずに面談を受けられる日程を設定します。これにより、社員は安心して面談を受けられ、早期の一次予防につながっています。
③組織分析結果の戦略的活用
ストレスチェックの組織分析結果を人事部で十分に検討し、各職場に落とし込んで対策を立てています。
たとえば、ストレス度が高いが成果も出ている部署では、適度なストレスが緊張感を生み、業績向上に寄与していると判断しました。一方、問題のある部署には人事部が直接訪問し、面談を実施しています。
こうした取り組みの結果、SMBC日興証券では残業時間が20%削減され、売上が15%増加しました。ストレスチェックを単なる法令遵守ではなく、従業員のウェルビーイングと企業の成長を同時に実現する戦略的ツールとして活用している好事例です。
参考:こころの耳「SMBC日興証券株式会社(東京都千代田区)」
事例2:株式会社構造計画研究所の受検率とメンタルヘルス向上
構造設計事務所の株式会社構造計画研究所は、2016年度から法令に基づくストレスチェック制度を本格導入しました。従来の外部EAPサービスから、社内での管理に切り替え、産業医や外部EAP機関と連携して実施しました。
また、経営者自らが制度の意義を説明し、社員の理解と受検の促進を図る取り組みを行っています。
その結果、高ストレス者に対して医師の面接を行い、信頼を得ました。集団分析の結果、労働時間とストレスの相関が明確となり、長時間労働者への支援が強化されました。
今後は、ポジティブメンタルヘルスの視点から職場環境の改善を進め、社員の健康と働きやすさをさらに向上させる方針です。
参考:こころの耳「株式会社構造計画研究所(東京都中野区)」
6.企業のストレスチェックを円滑化させる3つのアクション
上記の成功事例を受けて、ストレスチェックを活用した健康経営の導入には、戦略的なアプローチが必要です。ここでは、企業がとると良い3つの重要なアクションを説明します。
【アクション1】適切な産業医の選定と協力体制の構築
健康経営を推進するためには、企業に適した産業医の選定と、密な協力体制の構築が重要です。
産業医は単なる健康管理者ではなく、経営参画者です。従業員のメンタルヘルスや職場環境の改善に関する専門的なアドバイスを提供し、企業が健康経営を実現するためのキーパーソンといえます。
産業医を選定する際は、企業の業種や特性、従業員構成に適した経験と知識をもつ人物を選びましょう。また、定期的な面談や情報共有の場を設け、産業医と人事担当者・経営層が連携して対応策を検討することで、効果的なストレス対策や健康管理が可能です。
企業と従業員のメンタルヘルス改善に向けて、産業医との連携強化を図り、定期的なフィードバックと現場視察を行うことで、従業員の健康状態の把握と職場環境の改善に努めます。
適切な産業医の選定と協力体制の構築により、健康経営の効果を高めることができるでしょう。
【アクション2】ストレスチェック実施の質の向上(匿名性確保、説明会)
ストレスチェックの回答率と正確性を高めるには、実施の質を向上させることが不可欠です。とくに、匿名性の確保と従業員への説明会が重要です。
従業員が安心して正直に回答できる環境を整えることで、正確なストレス状況の把握が可能となり、ストレスチェックの質が向上します。質の向上した結果により、適切な対応策を講じられるでしょう。
ストレスチェックの実施に際しては、従業員のプライバシーを保護し、個人が特定されないようにすることが求められます。
たとえば、事前に説明会を開催し、ストレスチェックの目的や方法、プライバシー保護の取り組みについて周知するなどして、従業員の理解と協力を得るようにしましょう。
ストレスチェックの質を向上させることで、結果の精度が高まり、効果的な職場改善につながります。
【アクション3】経営層のコミットメント(健康経営宣言・KPI設定)
健康経営の成功には、経営層の強力なコミットメントが不可欠といえます。健康経営宣言やKPI(重要業績評価指標)の設定・公表が有効です。
経営層が率先して健康経営を推進する姿勢を示すことで、組織全体の行動を変容させ、全社的な取り組みが促進されます。その結果、従業員の健康と企業の成長が両立します。
経営層が健康経営宣言を行い、具体的な目標やKPIを設定することで、健康経営が企業の戦略として位置づけられるでしょう。離職率の低下・メンタルヘルス不調者数の減少・生産性の向上といったKPIを設定し、定期的に評価することで、健康経営の進捗を測ることができます。
たとえば、経営層が『健康経営宣言』を行い、『3年間で離職率を10%減少させる』という具体的なKGIを設定します。そのために、上司の1on1の回数や従業員のメンタルサポートなど、KPIを定めて実行します。これにより、全社的に健康経営に取り組む意識が高まり、従業員の健康管理と業務効率化を図ることができるのです。
経営層の健康経営宣言は社内外にメッセージとして発信します。KPIは従業員の健康状態と経営指標に連動させて定期的に見直しましょう。これにより、健康経営が企業文化として根付いていきます。
7.企業はストレスチェックを実施して健康経営を目指そう
企業のストレスチェックは、単なる従業員の健康管理を超えて、企業の競争力強化につながります。適切な産業医の選定と協力体制、質の高いストレスチェックの実施、経営層のコミットメントという3つのアクションを通じて、従業員の健康と企業の成長を同時に実現できるでしょう。
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