高齢労働者の転倒災害対策に向けて
高齢者の労働市場参入が進む中、労働災害、特に転倒災害の増加が懸念されています。厚生労働省のエイジフレンドリーガイドラインと第14次労働災害防止計画では、転倒災害への対策が重要視されています。
本コラムでは、日本の転倒災害の現状、高齢労働者に多い理由、作業管理・作業環境管理・健康管理の各面から問題点を整理し、対策を提案します。また、個人で取り組むべき対策についてもお伝えいたします。
目次
1.転倒災害の現状と高齢女性労働者の特徴
厚生労働省のデータによると、労働災害の約30%が転倒によるものであり、その多くが60歳以上の労働者に集中しています。特に転倒災害は高齢女性労働者に多く見られます。さらに、高齢女性労働者は骨密度の低下や筋力の衰えにより、転倒による重篤な怪我が発生しやすいです。
転倒災害は労働現場だけでなく、生活場面でも発生することが多いです。命に関わる事故は比較的少ないものの、骨折などの怪我をすると1か月以上の休職が必要となるケースが多く、時には寝たきりになることもあります。
このような転倒災害は労災であり、事業者の責務として対策を講じなければなりません。対策を講じないと、休職者が出て人手不足となり、職場に余裕がなくなることで災害発生率が上がり、負のスパイラルに陥る可能性があります。
2.典型的な転倒災害のパターン/問題点と対策
- すべり: 床が滑りやすい状態で足を滑らせる。
- つまずき: 床の段差や障害物に足を引っかける。
- 踏み外し: 階段や段差を踏み外す。
(1)作業管理の問題点と対策
高齢労働者が従事する業務の多くは、単純作業や繰り返し動作を伴うものであり、疲労や集中力の低下による転倒リスクが高まります。いくつか例をご紹介します。
問題点
- 長時間の立ち仕事や中腰の姿勢が多い。
- 作業の単調さからくる集中力の低下。
対策
- 作業時間を短縮し、適度な休憩を挟むことで疲労を軽減。
- 作業のバリエーションを増やし、同じ姿勢を長時間続けないようにする。
- 作業中の姿勢を改善するため、作業台の高さや動線の見直しなど作業環境の改善。
(2)作業環境管理の問題点と対策
作業環境が適切でない場合、高齢労働者は転倒リスクが高まります。特に、床の状態や照明の不備が原因となることが多いです。
問題点
- 滑りやすい床や段差の存在。
- 不十分な照明による視認性の低下。
対策
- 滑りにくい素材の床材を使用し、定期的な清掃とメンテナンスを行う。
- 階段や段差には手すりを設置し、視覚的に分かりやすい表示を行う。
- 照明を適切に配置し、作業エリア全体の明るさを確保する。
(3)健康管理の問題点と対策
高齢労働者は、加齢に伴う身体機能の低下により、転倒リスクが高まります。特に、筋力低下や骨粗しょう症が重要な要因です。また、加齢に伴う暗順応機能の低下、平衡機能の低下、筋力低下などの個人要因も影響します。
問題点
- 筋力低下によるバランスの喪失。
- 骨粗しょう症による骨折リスクの増加。
- 加齢により薄暗いところでの暗順応機能が低下。
- 平衡機能が低下し、姿勢の維持が難しくなる。
- 筋力低下で足が上がりにくく、つまずきやすくなる。
- 自分の身体に対する意識と実際の能力の差による誤認。
- 服薬の副作用による立ち眩みやふらつき。
対策
- 定期的な健康診断を実施し、早期に筋力低下や骨粗しょう症を発見。
- 筋力トレーニングやバランス訓練を取り入れた運動プログラムを推奨。
- 服薬の影響を医師と相談し、副作用を最小限に抑える工夫。
3.個人でできる対策
高齢労働者自身が取り組むべき対策も重要です。以下のような対策を日常生活に取り入れることで、転倒リスクを減らすことができます。
健康管理
- 定期健康診断の受診や治療中の疾病の継続治療の他、骨密度検査などの受診。
- 薬が変わったときはめまいやふらつきなどの副作用が出やすいので注意する。
- 栄養バランスの取れた食事を心がけ、適度な休息をとる。
靴の選定
- 転倒防止のために、滑りにくい靴底の靴を選ぶ。
- 足にフィットし、疲れにくい靴を選ぶことも重要。
運動習慣
- 毎日の生活にウォーキングやストレッチなどの軽い運動を取り入れる。
- 筋力トレーニングやバランス訓練を定期的に行う。
骨粗しょう症検診の受診
- 骨粗しょう症は早期発見が重要。定期的に検診を受け、必要に応じて治療を行う。
- 骨密度を維持するための生活習慣を見直す。
4.まとめ
高齢労働者の転倒災害を防ぐためには、作業管理、作業環境管理、健康管理の各面での対策が不可欠です。企業は、エイジフレンドリーガイドラインと第14次労働災害防止計画を遵守し、適切な労働環境を提供することが求められます。さらに、個人でも日常生活に転倒防止のための習慣を取り入れることで、安全で健康な働き方を実現できます。 安全な職場づくりは、事業者と労働者の協力が必要です。また、働きやすい職場は人財が定着し、生産性の向上にもつながります。今いる労働者を大切にし、これから加わる労働者が働きやすい職場となるよう今からできることを一つずつ取り組んでいきましょう。
参考
厚生労働省 エイジフレンドリーガイドライン/第14次労働災害防止計画/厚生労働省 労働災害統計/新潟労働局「新見労働基準監督署Web講習会シリーズ」資料/骨粗しょう症:日本骨粗鬆症学会
北海道の地域基幹病院に看護師として従事した後、子育てをしながら健診機関やクリニックにて予防医学に関わる。
その後、働く人の健康管理に携わるため保健師として産業保健業務に従事する。
現職では、さまざまな規模の企業に対して、個別支援を中心としたかかわりから、広く集団に向けて健康情報の発信や、喫煙対策プログラム構築、導入支援など産業保健サービスに携わる。